しなやかに生きる

雑用

2017.03.29

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図書館で 「面倒だからしよう」 という本を

借りてきて読んでみました。

 

「置かれた場所で咲きなさい」 という ベストセラーを

書かれたシスターが 書かれた別の本です。

その中で 修道院で 修行されていたときの話として

 シスター150人分ほどの 配膳をしている時に

先生から 「何も考えてしていないでしょう。

あなたは時間を無駄にしている。

同じ仕事をするなら やがて 夕食の席につく

一人ひとりのシスターのために 祈りながら並べて

ゆきなさい。」

というようなことを言われたという話が

書いてあり、

 

時間の使い方は 生命の使い方

この世に 雑用という用はない。

用を雑にした時に、雑用が生まれるのだ と

仕事をするのも大事だけれど

どういう思いでするかを考えるのも大事。

つまらないという時間を過ごすと

つまらない人生になっていく。

 

そういう内容のエピソードがありました。

確かに 比叡山で修行しているときも

お経をあげているときや 掃除をしているとき

だけが 修行ではなく 常に 行であるという

ことは よく言われていました(怒鳴られたとも^ー^;)

 

いまここに ということで 無心に 目の前を

することも大事ですし ときと場合ですが

この エピソードを

読んで  人のために何かをするという時は

願う 祈るという

気持ちを 持って 用事を行うということを

意識すると 用事が輝くだろうなあ

いい話を 読ませてもらったなあと思いました。

 

そういえば 歯を抜いて 止血するために

滅菌された 綿で ぐっと 患者さんの抜歯した

ところを 押さえるのでも

この方が 幸せでありますように

傷が早く治りますように キュア・ウーンズ等々

願ってしていたりしました。

 

科学的には 根拠などないですが

害になるわけではないですし

願いは プラスになっていると信じていました。

まあ目の前に 人がいると その思いは

強くなりやすいですが だまって黙々とする

ことは 気を抜くと すぐ 雑用って

なってしまいがちかもしれませんね。

 

用を雑用にしない。 ですね。

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